Well-beingを見つめ続けた画家 ー ラウル・デュフィ展

768 1024 Yuramaki

デュフィの底抜けの明るさは、ただの明るさでない。
色、線、そこに描くものすべてを
「幸せ」と「平和」の基準のもとに、
丹念に選び取っているからだった。

今回の展示で、わたしが一番感動したのは
デュフィが絵とテキスタイルを行き来して
得た感覚に、作品から触れられたこと。

絵が服になって舞うのにインスパイアされて、
平面の絵画も踊るように空気をはらみ
さらにエネルギーを書き留めるような絵に変わっていく。

アートは、どんな平面のものでも
実物を見るのにはかなわないこと。
実物の発するエネルギーは、
筆遣いとか色選び、描いたときの感情が
そのまま減衰しないで乗っている。
印刷とはまるで段違いだと改めて感じたことも、
とてもよく記憶に残っています。

それを感じられたのは
自分の成長を感じたことでもあり、嬉しかった。

https://www.museum.or.jp/uploads/topics/topics8f2ac7c8cc48c7979b3701beb9acda259.jpg画像:https://twitter.com/TiztB2/status/1180112726489628673

上の植物の絵は、テキスタイル後の作品。
「動いている、風がある、生きている」を
ブワッと絵全体から感じました。
この体験は本当にすごかった!!

デュフィの言葉

「自らの病気や世界の動乱が
作品に反映されてはならない」

「絵を描くことでわたしが表現したいのは、
自分の目に、心に、事物がどのように
映し出されているかということだ」

以前先輩の高校時代の先生が、おっしゃっていたことを聞いたのを思い出した。

「作品に気持ちをぶつけてはならない」

それは、社会に出すものは
人々を人類の理想へ導くもの、
人々の生き様や考え方が洗練されるような
方向に向かってなければならないということ。

社会に出したものは、
どんな形であれ作り手の感情が乗り、
それを見るもの触れるものに多かれ少なかれ、
影響を及ぼす…
言われてみると当たり前のこと、
常にこれを意識する大事さを
デュフィの絵から改めて体感しました。

ネガティブなものを書き出す
それも心を整えることに必要な1つのやり方。
でも、そういった役割はクローズドで
プライベートなものに留めておく。

役割をよく見定めて手を動かしたり
社会に出すかどうか判別する…
そういった感覚が必要ということだな、とも。

行ってからこれを書くまでに時間がかかりましたが、当時はかけなかった言葉や感覚が今かけたように思います^^

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