生命への憧憬

1024 1024 Yuramaki

昨日は大学からの友達と一緒に、
落合陽一さんの展示を見てきました。

「質量への憧憬 〜前計算機自然のパースペクティブ〜」

場所は天王洲の川べり。
人工と、自然の入り混じる町。

侘び寂びに生命のひかりを見出す
今回の展示に、
とてもフィットした会場。

1つ2つ見るうちに、
体験を意識した空間だな
というのを体で感じました。

作品の前に立ち、
まるで湖の真ん中に立つような心地で…

自分の主観、
そして中心に静かにたたずむ。

心の中に泉のように湧き上がる
感情、感覚を、丁寧にすくいあげる。

様々な感覚が溶けやったジュースを、
言葉というグラスを選び、
盛り付けて、友達と酌み交わす。

同じものを見て、
それぞれ心で得た、味わいの違いを
感じたままに交歓する!

飾らずに、型にはめずに。

・・・なんて楽しい時間!!

この展示は、様々な色眼鏡を外し、
自分の裸眼で観る主観こそが
命の輝きを作る経験の土台だと
伝えたいんだ…。

落合さんは言葉は難しいけれど、
こういうことを言いたいんだなぁと
私はあの部屋を通じて感じたのです。

「すべてのものは、すべてのものに影響を与え合っている。」

「すべてのものに境目はない。境を作っているのは私たち自身だ。」

「窓が変わればそこから見える景色がすべて変わるように、一人ひとりの感覚…窓が全て違っていて、みんなの見ている景色はすべて違う。そしてそれはとても美しい」

※1/30 追記

昨日この友達とチャットで、私の感想

「すべてのものに境目はない。境を作っているのは私たち自身だ。」

というのは、落合さんが自身の著作の中で繰り返し述べている言葉だと聞き驚き。ほぼ前情報なしで行きましたから。

この世の真実は、体験で湧き起こせるのだとしみじみ嬉しくなりましたね。

というのも。

今回「質量への憧憬」の前に、パターン・ランゲージで知られる建築家、クリストファー・アレグザンダーの本を読み始めていたのがとても大きかった。

落合陽一さんと、研究対象は、切り口が違えど一緒と感じます。

この本を開いてなければ、ここまで理解は深められなかったでしょう。

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