7日間ブックカバーチャレンジ #7 「まだGHQの洗脳に縛られている日本人」

960 682 Yuramaki

本棚に、好きな人の横顔が見えてくる。
私の知らない生き方がある。

本の紹介まで入れるときっと、
ハードルが上がるからなんでしょうね。

このバトンのルールに感想を書くだなんて
ないのだけれど、自分が
「なにでできているか」振り返るために、
私はあえてちょっとだけここから書こうと思います。

 

7冊目は、
私が今年、最も衝撃を受けた本です。
タイトルを見て、まさか!とか陰謀論?と
思うかもしれませんが、そんなことはありませんでした。
 
むしろ読むごとに、身の回りの違和感が、やはりそうだったのか…と確信に変わっていく一冊です。
 
ここからは、読んだ私の感想や
心の中の動きを、書きます。
 

▼自分が日本人であることに、自信を持てなかった私。

 
今年の3月。
自分が生まれ育った土地の文化に、自信が持てない。そう気づいたとき、私の中にこんな繊細に傷ついていた部分があったのかと、とてもショックを感じました。
 
きっかけは、これまで自分の力を徹底的に信じることをコツコツとやってきた私ですが、どうにも引っかかっているところがあったこと。
 
恥ずかしい話ですが、わたしは日本人であることに引け目を持っていました。
日本の文化や、土地に胸を張れない自分がいる。アイデンティティーの根っこのところが、踏めば崩れるゆるい土のようだったのです。
さてはて、私はなんでこんなメンタリティーなのか?と思って振り返ったわけです。
 
これまで33年間、私の目に触れてきた日本は、ニュースや社会の授業、取り囲む人の姿勢から知ったもの。
マスコミが特定のテーマを避ける姿勢、足を引っ張るように自分の国を叩く姿。中国や韓国、アメリカに頭を下げ、取引するニュース。
 
社会科の授業では、日本はとても命を虐げた国として世界から裁かれたと教わる。悪いことをしたうえに負けた国なのだという歴史を、小中高、3年おきにミルフィーユのように重ねて学ぶ。
 
振り返ると、子供が、自分の生まれた国を素直に好く心や、日本人でいる自信を失ってゆくには充分すぎる環境でした。
 
そんなわたしがここ最近になって、方々の人から話を聞いたり、自分でちょっとずつ調べていくうちに疑問に思ってきました。
私の知っている歴史は、本当に事実なんだろうか?と。
 
そこで、この本を読んでみたわけです。
 
日本は、そもそも虐殺をしていないし、欧州植民地から中国や朝鮮、各アジアを助けようと働きかけていたこと。
決して日本は戦争をしたかったわけではなく、丁寧に対話をしても、もう戦うしかないほどにアメリカや欧州からじりじりと追い詰められていて、苦渋の決断で戦いへ踏み切っていたこと。(とは言え、戦争が好手段だったとは言えないですが。。)
 
そして、戦後、GHQにプレスコードが敷かれ、現代もなお、特定の国や物事への批判的意見が報道されないこと。
 
戦後、何重もの真実から意識を遠ざけるヴェール…親米プロパガンダや3S政策、点数主義の教育によって、日本人の感覚は鈍らされてしまっているということも。
 
この事実を知ったとき、それはもう地に足がついた心地でした。
日本人特有の心の優しさだとか、感覚の鋭さ、それは戦争が起こる前から地続きのもの。戦争になって豹変したものではないんだと。
 
同じ日本精神の流れをくむ人間として、日本という国や風土を好きで良い、誇りにしてよいんだと思えた時、涙しました。
 
…自分の生まれ育った国を誇りに思えるかどうかが、人間個人の自信に深くつながっている。私はそれを強く実感した出来事でした。
 
もう、自虐的な歴史観からは、抜け出すときです。

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これは読書文化の普及に貢献するためのチャレンジで、好きな本を1日1冊、7日間投稿。本についての説明は必要なく、表紙画像だけをアップ。更にその都度1人の友達を招待し、このチャレンジへの参加をお願いするというルールです。

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#ブックカバーチャレンジ

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