大手メディア/権威に預けていた判断基準が、私たち大衆に帰ってきた

800 502 Yuramaki

みなさま、こんにちは😊 由良です。

年が明けてから
大手メディア、SNS、Google などの検索エンジンも、本当の事を言っている/見せているかはとうとうわからなくなってきましたね。

これによって、今まで、私たちが

「〇〇新聞が言っているから正しいよね」
「△△大学の偉い先生が言っているから間違いない。」と、

メディアの大きさや、権威に丸ごと預けていた「善し悪しの判断基準」が、私たち大衆個人の手元へ帰ってきました。

私は、自分で判断することを捨てると、ともすれば他人の判断で人生を生きることになる。と考えているので、これはとても良い流れだと感じています。

しかし同時に、
誰もが、突然自分の手元に判断基準が帰ってきて、こうも感じているはずです。

「ずっと答えを用意してもらっていたのに、急に梯子を外されたようだ。」
「どうやって自分で質の良い情報にアクセスしたらいいのか、決めたらいいのかわからない、と。」

それには、私もとても共感します。

私自身、今まで信じていたのは何だったのかと驚いたし、当たり前のように疑問を持たなかった自分を恥じました。
そして次には、何を見聞きすれば良いのか足元の土台が崩れたような気持ちでした。

この時代、どう生きていけばいいの?

私たちが本当に知りたい真実を知り、自分も他人も幸せな判断をする。どうやって、それはできるでしょうか?

今は、保守/革新の派閥争いや、左右に偏ったものの見方なんて、している場合ではありません。それを超えて、ものや人を見なければいけません。

 

私がこの2ヶ月で、1つわかったこと

物事の裏を流れる一筋の線を辿ってみて、分かったのは、これでした。

① それぞれ報じられている中身をよく見て、違和感の有無を掴む
② 感覚を頼りに、「書かれてることの逆」を、知識を使って筋道立てて探る

そうすれば、「報じられない事実」が見えて来るということ。

これは、
誰かの顔色を伺うとか、誰かが言ってたとか、また損得勘定を、頭でぐちゃぐちゃ組み立てて掴もうとするとできません。どんどん考えが、どん詰まりになってしまう。

逆に、とても不思議なことに…

声に感動するかどうか、見ていて居心地が悪くなるか。全身で感じとって、心にもやもやが出るかどうかを見るとすぐ判断ができます。

「言葉はそれらしいのに、力がこもってないなぁ。」
「なんだか、もう一方踏み込まないで上澄みだけを喋っている。」
「聞いていて声が暗いよね」

こうしたものを感じる感受性が一番頼りになり、頭で考えるよりダントツに早く答えが出ます。

(ロジックと言うのは、この感じ取ったものを、誰にでも伝わるように使う技術ですね。書きながら、気づきました)

2021年は、
愛と風の時代、感受性の時代が来る。
そうよく言われます。
きっと、この投稿の後半部分に書いたことなのだと思います。

HANDS
デザイナー由良万紀子
JUMA. Creative -global design team-
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